自装で整列点呼


このお話も航空学生伝統のイベントの一つです。

航空学生に限らず、自衛官は毎日起床後と消灯前に「点呼」を受けなければなりません。「点呼」(てんこ)とは、ちゃんと人員がそろっているかを声を出して確認する作業です。

航空学生の場合、毎朝6時(冬季は6時半)に起床ラッパが鳴り、その3分後には隊舎横の中庭に上半身裸で整列していなければいけません。その後、「起床点呼」が行われます。


「●●区隊、総員●●名、現在員●●名!」
「番号、はじめっ!」「いち!」「に!」「さん!.......」といった具合に、歯切れ良く進み、最後に学生隊当直学生が航空学生の点呼の結果を当直幹部に報告します。航空学生の場合は点呼終了後に「乾布摩擦」を行い、さらにそのまま1.2Kmくらいのマラソンに出発するのです。マラソンが終了するとやっと朝食を取ることが出来ますが、のんびり食べている暇はありません。この後、ベットの整理・清掃・朝礼を短い時間でこなさなければいけないのです。


このように、航空学生にとって朝はとても忙しいものなのです。

そんな航空学生にとって、週末(休日)は本当に楽しみな日です。あわただしい朝礼や清掃、課業もなく、平日に比べれば遙かにのんびりと過ごすことができます。

ただし、基地内で生活している以上、休日といえど絶対に避けては通れないモノがあります。それが「起床点呼」なのです。

せっかくの休日だからゆっくりと寝ていたいのは山々ですが、自衛官である以上、これは仕方がありません。しかし、休日の起床点呼は平日に比べてかなり緩やかです。まず、起床時間が通常より遅くなります。

 優しい幹部が当直の場合は、極まれですが「居室点呼」(自室にいながら、人数だけを報告すればよい点呼。わざわざ整列する必要がない)を許可してくれる事もあります。

さて、休日の起床点呼の服装ですが、たいていの場合、「自装」となります。「自装」とは「自由な服装」という意味です。(服装は、当直幹部の判断で決められます)航空学生の場合、「自装で点呼」と指示された場合はもっぱら航学ジャージで点呼を受けます。普段は作業服と編上靴を着用して点呼を受けますので、それと比べればかなり楽なスタイルなのです。

しかし、なぜ「自装=自由な服装」なのにみんなジャージなのか.........。それは、やはり統一を美徳とする自衛隊の性なのでしょうか。「いくら自由な服装とはいっても、バラバラでは好ましくない」といった風潮があるからでしょう。

このため、航空学生では「自装=自由な服装」ではなくて「自装=航学ジャージ」という認識が当たり前となっています。

ところが、年に1〜2回、この「自装=航学ジャージ」という常識を覆す日があるのです。その日は、たいてい新任の幹部が当直幹部に当たった日になります。

まだ赴任したばかりの幹部が当直幹部になった場合、部隊の事をあまり知りませんので、部隊ローカルな規則などについて当直学生に確認する事がしばしばあります。
当然、休日の起床点呼は普段どのように行っているのかを当直学生に確認することもある訳です。

ここで、当直学生が「普段は自装で整列点呼を行っています」といえば、ほぼ間違いなく翌日の点呼は「自装で整列点呼」になるのです。

実は、ここに当直学生の罠が仕掛けられているとは、赴任したばかりの当直幹部には知る由もありません。

「明日は自装で整列点呼!当直幹部は新任の●●1尉!!」この情報はまたたく間に学生隊に伝達されます。そして、この情報の意味を知っている2年生は「ニヤリ」と笑うのです。

消灯前の各居室(学生部屋)は、にわかに慌ただしくなります。何も知らない1年生が就寝の準備を始めていると、2年生がこう切り出します。

2年生:「おい、明日は自装点呼らしいぞ」

1年生:「はい。そうですね」

2年生:「はい。じゃねぇ!意味が分かってんのか?」

1年生:「???」

2年生:「だから、明日は自装でいいって言ったんだ!」

1年生:「ですから、ジャージでもいいって事ですよね?」

2年生:「いいや、自装だから自由な格好でいいって事だ!!」

1年生:「えっ!?自由な格好ですか?」

2年生:「そうだ。これから俺がコーディネートしてやる」

こうして、2年生による1年生の着せ替え大会が始まります。「上半身は剣道着で下半身は黒のブリーフのみ」とか「全裸に小タオル一枚をガムテープで貼っただけ」とか悲惨な学生は「全裸に洗面器を持たせただけ」など、男所帯ならではのお下品な扮装ができあがっていきます。(あ、今は女性もいますね)

1年生:「せっ先輩、本当にこの格好で出なきゃダメですか?」

2年生:「俺の言うことが聞けないのか!!」

1年生:「でも.....これはあんまりじゃ....」

2年生:「もし出なかったらどうなるか分かってるだろうな?」

1年生:「はい.......ぐすん......(;;)」


こうして、半ば強制的にお下劣ファッションを押しつけられた1年生は、眠れぬ夜を過ごすのです。

そして翌日の朝。運命の起床ラッパが鳴り響きました。
...が、しかし、いつもなら飛び出してくるはずの学生が、今日はなかなか部屋から出てきません。1年生は皆、「自分だけがこんな恥ずかしい格好をしているのでは...」という恐怖感からなかなか部屋から出られないでいるのです。

おそるおそる、部屋のドアから顔を出して廊下を伺ってみると、どの部屋からも同じように顔だけ出した1年生があたりを見回しています。「オラ!さっさと出ろ!!」2年生が後ろから押し出します。

意を決して廊下に飛び出してみると、何とほかの1年生も自分と負けず劣らずのお下劣スタイルではありませんか!!隊舎内が爆笑の渦に包まれます。
そして、少し気が楽になった1年生はそのスタイルのまま中庭に整列するのです。(2年生はちゃっかりジャージ姿です)

1年生の格好を見てびっくりしたのは新任の当直幹部です。てっきりジャージ姿で出てくると思っていたら、仮装行列みたいなのが出てきたのですから。

困惑する当直幹部をよそに点呼は着々と進み、当直幹部への人員報告を残すのみとなりました。幹部の表情は明らかに怒っています。

「報告します!航空学生、総員●●名!現在員●●名!事故なし!!」

通常なら、ここで「解散!」となるのですが、怒っている当直幹部は、ひとこと言わねば気が済まない!とばかりに当直学生に怒鳴ります。

「なんだ、その格好は!どういうつもりだ!!」

この台詞が出れば、しめたものです。当直学生は「待ってました」といわんばかりにこう答えるのです。 「はい。昨日、自装で良いとの許可を頂きましたので、自由な服装で整列しました!!」...と。

当直幹部は、一瞬「やられた!」といった表情を浮かべましたが、すぐに笑顔になりました。そして、

「諸君の服装は極めて良好である。解散!!」

と号令をかけました。

その後、当直幹部に一番おもしろい格好をしている学生を選んでもらい、記念写真を撮ります。選ばれた1年生と、それをコーディネートした2年生にはささやかな景品が贈られます。こうして、年に1〜2回の珍しい「自装で整列点呼」は終了するのです。

このイベントは、新任の幹部の歓迎セレモニーの意味合いが強いのですが、実は2年生が1年生恥ずかしがる様を笑いモノにする、2年生のレクリエーションといった意味合いも少なからず含まれています。

以下は、そのときの記念写真です。ある意味、防衛秘密かもしれません。



↓ねずみが仮装した時の写真

↓その翌年、ねずみが仮装させた時の写真

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